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父・李杜宏(リ・トゥーフォン)さんは台湾の元プロ野球選手。左腕投手として8シーズンにわたり活躍した。現在は中信ホエールズで2軍コーチを努めている。母・葉麗珠(イエ・リーツウー)さんも台湾のソフトボール代表捕手を経験。2人の間に生まれた杜軒は自然とボールで遊ぶようになった。
小学校で本格的に野球を始めた。投手を志望し練習に明け暮れたが、「毎回試合に出場できる」という理由で内野手に転向。3年時に台北市リーグ優勝、6年時には全国選抜大会優勝に貢献するなど頭角を現した。また、台湾代表として来日し、福岡ドーム(現・ヤフードーム)でもプレー。日本プロ野球への憧れが芽生えたのは、この試合からだと言う。福岡ソフトバンクホークスの入団記者会見では「綺麗ですごく広い球場。『ここでホームランを打ちたい』と思ったのを覚えている」と振り返り、「ヤフードームがホーム球場になるのは幸せ。ずっとプレーできるよう頑張りたい」とコメントしている。 |
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中学では群を抜いた実力を付けた。引く手あまたの注目選手に成長。しかし、福岡ドームでの出来事以来、杜軒の気持ちは完全に海を越えていた。テレビ中継で巨人戦やダイエー戦を観戦。小久保選手や城島選手のプレーに未来の自分を重ねた。
日本で野球を―。杜宏さんの「世界を見せたい。野球だけではなく、さまざまなものを学ばせたい」という教育方針もあり、平成16年4月、岡山県共生高等学校が独自に設けた留学制度を利用し入学した。大きなチャンス。留学に不安もあったが、希望が先に立った。
野球部では4番・遊撃手として定着。流ちょうな新見弁を操る台湾生まれの怪物は、あっという間に新見の有名人になり、高校通算53本塁打(2年時までに47本塁打)、5割2分5厘という快記録を残した。攻守の柱としてチームを支え、14年の1年生大会で同校を初の優秀校(ブロック優勝に導くなど活躍。強打者として名が知れると、勝負を避けられる場面が目立ち、甲子園出場を前に涙を飲んだが、その資質がソフトバンクホークス首脳陣の目に止まり、夢だったプロのユニホームに袖を通した。
座右の銘は「機会是留給有準備的人(準備をしてきた人にチャンスが訪れる)」。「一日も早く、テレビ中継やニュースを通して新見へ活躍が伝えられる選手になる」と、厳しい世界で今日も白球を追う。 |
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